大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)4085号 判決

原告

三田光雄

ほか一名

被告

エイアイユーインシュアランスカンパニー

ほか一名

主文

一  被告エイアイユーインシユアランスカンパニーは、原告らに対し、それぞれ三八五万二九二〇円を支払え。

二  原告らの被告日動火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告エイアイユーインシユアランスカンパニーとの間に生じた部分は同被告の、原告らと被告日動火災海上保険株式会社との間に生じた部分は原告らの各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告エイアイユーインシユアランスカンパニー(以下「被告エイアイユー」という。)は、原告らに対し、それぞれ三八五万二九二〇円を支払え。

2  被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、原告らに対しそれぞれ三八五万二九二〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言

二  被告ら

1  被告エイアイユー

(一) 原告らの被告エイアイユーに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告日動火災

被告日動火災に対する主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  保険契約

被告エイアイユーは、訴外デイオ・ジエイ・テーラー(以下「テーラー」という。)との間で、同人が保有する普通乗用自動車(相模五五Y七七一一、以下「テーラー車」という。)について自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約(証明書番号U―四一六三七三)を締結し、被告日動火災も訴外高松繁幸(以下「高松」という。)との間で同人保有の普通乗用自動車(相模五八つ六〇三〇、以下「高松車」という。)につき自賠責保険契約(証明書番号六〇八―一四四八四四・四六)を締結した。

2  保険事故の発生

訴外三田真(以下「真」という。)は、昭和五八年三月三〇日午後一一時五分ころ、高松車の助手席に同乗し、高松の運転の下に神奈川県大和市南林間四丁目六番一二号先道路(以下「本件道路」という。)にある信号機の設置されていない十字路交差点(以下「本件交差点」という。)を大和市内の南林間駅方面から座間市方面に向けて通過しようとした際、同交差点の交差道路(以下「本件交差道路」という。)のうち高松車の進行方向の左側道路から同交差点に侵入してきたテーラー運転に係るテーラー車と出合い頭に衝突し、その際の衝撃により脳挫滅の障害を負つて即死した(以下これを「本件事故」という。)

したがつて、テーラー、高松は、各自、本件事故により生じた原告らの損害につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の保有者責任を負うものであるから、同法一六条一項に基づき、原告ら各自に対し、被告エイアイユーはテーラーの、被告日動火災は高松の各負担する損害賠償額を支払うべき義務がある。

3  損害

(一) 真の損害と原告らの相続

(1) 治療費 一万四七二〇円

(2) 逸失利益 三二九六万一六〇〇円

ア 就労可能年数四九年(昭和三九年六月二九日生)

イ 収入金額 死亡当時の給与による年収二七〇万円(月収平均二二万五〇〇〇円)

22万5,000円×12=270万0,000円

ウ 生活費控除 五〇パーセント

エ 中間利息控除 新ホフマン方式計算法による。

オ 計算式

270万円×(1-0.5)×24.416=3,296万1,600円

(3) 相続

原告三田光雄は真の養父、同三田ユキ子は実母であるから、原告らは、真の右(1)、(2)の損害賠償請求権を各々二分の一の割合で相続により取得した。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 葬儀費用 各四〇万円

原告らは、真の葬儀費用として八〇万円を支出し、各自その二分の一を負担した。

(2) 慰藉料 各七五〇万円

原告らは、一粒種である真の将来を期待してこれを養育してきたものであるところ、同人がようやく社会人になつた矢先に、本件事故により最愛の息子を奪われ甚大な精神的苦痛を被つたものであり、右に対する慰藉料は原告ら各自につき七五〇万円を下らない。

(三) 損害の填補

原告らは、前記損害につき、テーラー車及び高松車の加入している各自賠責保険からそれぞれ一二二九万四一六〇円の保険金の支払いを受け、これを二分の一づつ各自の損害に充当した。

したがつて、本件事故によりなお原告らが被つている損害は、一二〇九万四〇〇〇円となる。

(四) 弁護士費用 各一二〇九四〇〇円

原告らは、被告らが原告らの前記損害の回復につき、前記のとおり一部の填補をしたのみで、それ以上何ら誠意ある対処をしないので、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を依頼し、請求額の一割を報酬して支払う旨約束したもりであるところ、一二〇万九四〇〇円が各原告の負担すべき弁護士費用相当の損害となる。

4  以上のとおり、各原告らは、自賠法三条に基づきテーラー及び高松各自に対し、前記の損害賠償請求権を有するので、同法一六条一項に基づき被告ら各自に対し、それぞれの自賠責保険金限度額二〇〇〇万円から前記既払額一二二九万四一六〇円を控除した残額七七〇万五八四〇円につきその二分の一づつである三八五万二九二〇円あての支払いを求める。

二  被告らの認否

(被告エイアイユー)

1 請求原因1の事実のうち被告エイアイユーに関する部分は認め、その余は不知。

2 同2の事実並びにテーラーの自賠法三条の保有者責任及び被告エイアイユーの同法一六条一項の責任は認め、その余は不知。

3 同3(一)(1)は認め、(2)は争う。(3)は原告らの身分関係及び原告ら主張の割合による相続は認めるが、取得した損害賠償請求の額は争う。

同3(二)(1)は不知、(2)の慰藉料額は争う。

同3(三)の損害填補は認める。ただし、填補後の損害額は争う。

同3(四)は、原告らが本訴の提起、追行を原告ら代理人に委任し、報酬の支払を約束したことは認め、その余は不知。

4 同4の主張のうち被告エイアイユーに関する部分は争う。

(被告日動火災)

1 請求原因1の事実のうち被告日動火災に関する部分は認め、その余は不知。

2 同2の事実は認めるが、後記主張のとおり、本件事故についての高松の保有者責任及びこれを前提とする被告日動火災の保険責任は争う。

3 同3は、(三)の填補関係を認めるが、(一)(1)(2)及び(二)は争い、(一)(3)及び(四)は不知。

4 同4の主張のうち被告日動火災に関する部分は争う。

三  被告日動火災の主張

1  逸失利益について

(一) 真の収入金額について、年収二七〇万円(平均月収二二万五〇〇〇円)の主張は、わずか二か月と四日間の収入を基礎に類推したものと考えられるが、右は将来への継続性、客観性に乏しいから、同人の逸失利益算定の基礎としては妥当性を欠く。

(二) 自賠責保険の算定

ア 真の逸失利益は、収入平均月額を一八歳の一一万七二〇〇円(昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年齢階級別平均給与額―含臨時給与―を一・〇六七四倍したもの)として、生活費控除を五〇パーセントとし、新ホフマン係数(四九年)によつて中間利息を控除して計算したものであり、次の算定式のとおり一七一七万円(千円以上切上げ)となる。

イ 右逸失利益に真本人の慰藉料二五〇万円、葬儀費四〇万円、遺族二名(原告ら)の慰藉料四五〇万円及び文書料等を加えた二四五八万八三二〇円をテーラー、高松の共同不法行為として、その二分の一づつを被告らが自賠責保険金として支払つたものである。

2  高松の免責について

本件事故は、次に述べるとおりテーラーの一方的過失により発生したものであり、高松には何ら過失はないから、同人の保有者責任を前提とする被告日動火災の保険責任が生じないことは明らかである。

(一) 高松車、テーラー車が進行した各道路の状況、指定条件等をみるに、前者である本件道路は車道幅員七・七メートルでセンターライン(黄色ペイント)の表示があり、法定制限速度につき時速四〇キロメートルの指定がある。これに対し、後者の本件交差道路は一方通行の規制があり、テーラー車のごとく右道路から本件道路方向への進行は禁止されている。また、本件道路はテーラー車の進行道路に対し優先道路の関係にある。

(二) 高松は、右の道路状況等に応じて、前照燈を点燈し、時速三〇ないし四〇キロメートルで、自車の進路前方及び本件交差道路の左右の安全を確認して本件交差点に侵入したところ、本件交差道路の左方路から、一方通行路を逆行してきたテーラー車が一時停止はおろか徐行もせずに、右折進行のためいきなり本件交差点に飛び出し、出合い頭に高松車に衝突したものである。したがつて、高松は急制動等テーラー車との衝突を回避する措置を採ることはおよそ不可能であつた。高松車に右衝突直前急制動措置を講じた痕跡が認められないのはこのためであり、何ら高松の前方不注視等の過失を裏づけるものではない。

(三) 以上に立つて、本件事故の責任関係をみると、優先道路を走行していた高松は、前記テーラー車のような無謀車両のあることまで予測して走行すべき注意義務はないのであつて、深夜であることから前照燈を点燈し、指定速度を遵守し、前方及び走行の許されている本件交差道路右方路からの車両に対する安全を確認して走行すれば足りるというべきところ、これら諸点をすべて遵守したのはもちろんのこと、本件交差道路左方路に対しても注意を払つて走行し、本件交差点に進入したものである。

しかるにテーラーは、そもそも一方通行路の逆行は法律上許されないのであるから(緊急自動車のように逆行が許可されている特別な車両はもちろん別であるが、テーラー車がこれに当たらないことは明らかである。)、本件のような経路での本件交差点進入をすべきではなかつたのであるが、敢えて右進入をする以上は、せめて一時停止をし、本件道路の交通の安全を確認して徐行の上進入をすべきであつたのに、酒気を帯び、これらの注意義務にすべて違反し、いきなり本件交差点に飛び出したものである。

右のとおり、本件事故は専らテーラーの一方的過失により惹起されたものであつて、高松には何ら過失はない。また、高松車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものである。したがつて、高松は、自賠法三条但書により免責されるべきである。

(四) 右のとおり、高松が原告らに対し損害賠償責任を負わない以上、高松の責任を前提とする被告日動火災の保険責任の生ずる余地のないことは明らかである。

3  高松の責任の減額

前記2の免責の点を措いても、次のとおり、高松の本件事故に対する責任は小さく、その賠償責任額は大幅に減額されるべきである。

(一) 前記2の本件事故発生態様に照らすと、高松の過失は、仮にこれがあるとしても、テーラーのそれに比較して極めてわずかなものであり、五パーセントを超えることはあり得ない。

(二) 真は、本件事故当時、高松と本件事故日の翌日の工事に使用する資材の調達、工事の打合せに行くため高松車に同乗していたものであり、運行についての共同目的があり、したがつて、真(原告ら)に対する高松の損害賠償責任は、好意同乗ないし運行供用者性の事由により減額されるべきである。

(三) 高松の損害賠償責任が右のとおり減額される以上、同人の責任を前提とする被告日動火災の保険責任も右の限度で減額されるべきものである。

四  被告日動火災の主張に対する原告ら及びエイアイユーの認否ないし主張、反論

(原告ら)

1 逸失利益の算定根拠について。

死者の逸失利益の算定は、将来の稼働可能な期間全体について長期的にみてどれだけの収入を得る蓋然性があるかという視点から考慮して推認すべきものであり、現実収入額を基礎にして行うのが最も妥当である。真は、給与所得者であつたのであるから、本件事故当時はまだ稼働期間が短かつたとはいえ、当時の給与額を現実収入額として逸失利益の算定をするのが最も具体性があり、かつ蓋然性が高く、確実である。

ちなみに、真は工務店勤務の職人として稼働していたものであるところ、全国建設労働組合総連合東京都連合会発行の「東京都連協定賃金推移表」によれば、昭和五八年度の大工の賃金は、一日当たり一万七五〇〇円であり、大工手伝(ないし作業員)の場合でさえ一万五五〇〇円とされており、これと比較すると、原告ら主張の真の現実収入額はむしろ少額にすぎるくらいであり、その上将来の収入の上昇なども考慮していないのであるから、被告日動火災の主張は失当である。

2 高松の免責の主張について

(一) 本件道路が優先道路であること、本件事故が被告日動火災主張のテーラーの過失により惹起されたことは認めるが、高松車の速度(三〇ないし四〇キロメートル毎時)の点は否認し、高松に過失がないとの主張は争う。

(二) すなわち、高松車がテーラー車に対し優先通行権を有するとしても、本件事故の発生場所は高松車からみても見通しが悪く、かつ交通整理の行われていない交差点であるから、高松は自車の進路の前方注視及び本件交差道路の左右いずれに対しても安全確認義務を負うのは当然である。したがつて、高松は、本件交差道路左方路からテーラー車のような車両の出てくることを予見して本件交差点に進入すべきであつたのにこれを怠つたものである。右注意義務を尽くしていれば、高松はテーラーの前照燈の明りにより容易にテーラー車の進入を認識できたはずである。

なお、右一方通行の規制の有無は、高松の前記注意義務の措定には直接かかわりのないことである。右規制の有無は本件道路の走行車両の運転者には必ずしも認識できるものではなく、また、見通しの悪い交差点に侵入するのであるから、かかる認識の有無いかんによつて運転者の注意義務に変動が生じるというのは不合理である。さらに、足踏式自転車が本件交差道路を逆行する例があるほか、緊急自動車は右逆行が許されるのであるから、テーラー車のような逆行車両を予見できないというものではなく、この点からも右予見義務を否定する被告日動火災の主張は失当である。

3 好意同乗ないし運行供用者性について

真が仮に高松と共同目的を持つて同乗していたとしても、高松車に対して直接的、顕在的、具体的な運行支配を有していたとはいえず、自賠法上の「運行供用者」には該当しない。また、好意同乗の点についても、本件の場合、真の高松車に対する運行支配、運行利益が相当程度強い場合ではなく、判例法理に照らしても高松の責任を減ずる理由はないというべきである。

(被告エイアイユー)

1 高松とテーラーの責任関係について

本件事故発生につき、テーラーが一方通行路を逆行し、本件交差点を右折する際右方の安全確認が十分でなかつた過失(当時テーラーは酒気を帯びていたが、この点は本件事故発生と因果関係がない。また、一時停止を怠つたとの点は不知)は認めるが、高松にも前方の注視を欠いたまま法定制限速度時速四〇キロメートルを上回る時速五五キロメートルくらいの速度で本件交差点に侵入し、しかも前照燈をつけていなかつた過失があるのであつて、両者の過失割合は各々五割と評価されるべきである。

2 逸失利益について

真の逸失利益の算定について、被告日動火災の前記三1(逸失利益について)の主張を援用する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の自賠責保険契約締結の事実は、被告エイアイユーに関する部分につき同被告と原告らとの間に、また、被告日動火災に関する部分につき同被告と原告らとの間にそれぞれ争いがない。

二  請求原因2のうち前段の本件事故発生の事実は当事者間に争いがなく、また、本件事故につきテーラーが自賠法三条の保有者責任を、被告エイアイユーが同法一六条一項の責任をそれぞれ有することは同被告の自認するところである。

したがつて、同被告は、テーラーが本件事故につき負担する損害賠償額を支払うべきで責任がある。

三  ところで、原告らは、本件事故がテーラーと高松との共同不法行為によるものであるとして、前記認定の被告エイアイユーに対する請求のほか、被告日動火災に対しても高松の自賠法三条の保有者責任を前提に同法一六条一項に基づき同人の負担する損害賠償額の支払を求めるものであるところ、同被告は高松の保有者性は認めるものの、同法三条但書に基づき同人の免責を主張して原告らの同被告に対する請求を争うのでこの点につき判断する。

1  前記争いのない本件事故発生の事実に原本の存在と成立に争いのない丙一号証の五、六、七の一ないし二〇、同号証の八ないし一一、一四の一、二、同号証の一六、二二ないし二四、二六及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  本件事故当時の道路状況等として、本件交差点は、大和市内の南林間駅方面から座間市方面にかけておおむね東西に通じる通称南林間中央通りと国道二四六号線方面から中央林間方面へおおむね南北に通じる通称五条通りとが交差する部分であり、また、本件道路である右南林間中央通りは車道幅員七・六メートルで、中央線(黄色ペイントで右交差点内にも引かれている。)により片側一車線づつに区分されたアスフアルト舗装の道路であつて、両側には幅員一・五メートルの歩道が設けられ、最高速度毎時四〇キロメートルとの公安委員会の指定がされていた。他方、本件交差道路である右五条通りは、中央林間方面から国道二四六号線方面への走行のみが許される一方通行路でその旨の公安委員会の標識が設置されており、車道幅員は本件交差点から南側(国道二四六号線側)が四・七メートル、北側(中央林間側)が四・五メートルのアスフアルト舗装道路で、前者には二・五メートル、後者には一・六メートルの幅員の歩道が道路片側に設けられていた。本件交差点には信号機の設置はなく、また、南林間駅方面側の両角部分には建物(いずれも二階建の仏壇仏具屋とそば屋)があるため、本件道路を座間方面へ向かう車両と本件交差道路の車両にとつて相互の見通しは極めて悪いものとなつていたが、街路燈の明りなどにより本件道路及び本件交差道路を走行する車両の運転者は夜間であつても予め本件交差点の存在を認識することは十分可能であつた。

(二)  テーラーは、米海軍厚木基地内の空母ミツドウエー第二整備隊に所属する海軍二等兵曹(本件事故当時満二六歳)であつたところ、昭和五八年三月三〇日午後一〇時三〇分過ぎころ、同基地内の兵員クラブなどで飲酒して酒気帯びの状態であるのに、大和市内の中央林間駅付近にある馴染みのスナツク「ウイスキーリバー」で友人と待合せていたため、一人で本件事故車両であるテーラー車(日本車で重量一三七五キログラム)を運転して同基地を出発した。途中国道二四六号線が渋滞していたことなどから、テーラーは、住宅街を抜けて中央林間方面へ向おうとしたところ、初めての経路のため道に迷つてしまい、偶々本件交差道路(五条通り)に行き当たつたので右道路を左折して中央林間方面へ向つたが、上記左折に当たり直進及び右折を指定する道路標識があるのを看過し(止まれの停止線にも気付いていない。)、左折が禁じられ、また本件交差道路が中央林間方面への走行を禁止する一方通行路であることにも気付かず、これらの指定に違反して逆に走行して行つた。このようにして同人は、左折した後はそのまま本件交差道路を直進して中央林間方面へ向うつもりで走行して行つたところ、本件交差点の手前約五〇メートル余の地点に至つたとき前方に同交差点が存在することに気付いたものの、格別の意識もなくこれを直進通過すべくそのまま減速もせずに進行し、その直後即ち同交差点の約三〇メートル手前に至つて同交差点の対面入口に車両進入禁止の道路標識が設置されていることを視認して、同交差点を直進通過することができないことに気付いたため、急きよ進路を変更して右折するため本件交差点に侵入した。ところがテーラーは、右侵入に際しては、前記建物のため交差する本件道路(南林間中央通り)の右方からの走行車両に対する見通しがきかないことを認識しながら、右折合図をし、軽くブレーキペダルを踏んで若干の減速をしたのみで右方の安全確認を全く行わず、その上一時停止も徐行もしなかつた。そのため右侵入直後に折悪しく右方から走行して既に交差点に侵入してきていた高松車と出合い頭に衝突する事態を招来したが、同人は右衝突に至るまで高松車には全く気付いていなかつた。本件事故により同人は、頭部、顔面の切創等の傷害を負つた。なお、テーラーには、人身事故は本件事故が初めてであるが、本件事故以前に指定制限速度時速三〇キロメートルのところを時速五一キロメートルで走行した道路交通法(以下「道交法」という。)違反の前歴がある。

(三)  高松は、座間市内の工務店に勤務していた者であるところ、本件事故当日は平塚市内で家屋の新築工事に従事した後、同じく右工事に赴いていた真を高松車(ワゴン車で重量一五五五キログラム)の助手席に同乗させてこれを運転し、右勤務先の工務店に帰る途中の午後一一時五分ころ本件交差点に差しかかり、テーラー車と出合い頭の衝突をした。本件事故により真が即死したほか、高松も車外に放り出されて脳挫傷、頭蓋底骨折等の傷害を負つて強い意識障害をきたしており、将来とも右病状に改善の見込みはない。

(四)  本件事故については、事故直後の警察捜査により収集され保存された資料に基づき、神奈川県警察科学捜査研究所(以下「警察研究所」という。)により科学的手法を踏まえて専門的な分析、検討が加えられており、これによると、本件の衝突地点は、高松車の進路上を本件交差点の半ばまで達したところで、テーラー車側からみると本件交差道路の南側入口(本件道路と歩道境の延長線上)から約一・五メートル入つた地点であり、同地点において、テーラー車の右前部角と高松車の左前部角とがほぼ九〇度の角度で衝突し、衝突後両車両は軽い前者が重い後者に押し勝つようにして後者の進行方向に対し五〇ないし六〇度右斜め前方に進行したが、その間更に前者の右後部フエンダーと後者の左後部側面のパネル部が再度衝突し、結局前者は約八メートル、後者は約一二・五メートル走行した後本件交差点の西側角一帯の縁石や樹木に衝突して停止しているほか、両車両共最初の衝突前に急制動措置を採つた痕跡はなく、両車両共前照燈のガラスが破損してフイラメントが燃焼しており、また、最初の衝突時の両車両の速度は高松車が時速三〇ないし四〇キロメートル、テーラー車が同四五ないし五〇キロメートル程度と推定されるなどの結論が出されている。

2  本件事故発生についてテーラーに過失があることは前記認定のとおりである(過失の態様については後に改めて説示する。)から、以下高松の過失の有無について検討する。

(一)  自動車の運転者は、道交法を中心とする交通法規範に従つて運転し、もつて不測の交通事故発生を防止すべき注意義務を負い、また、各自がその置かれた具体的道路状況、交通状況等に即応して各々に要求される注意義務を尽くし、これを相互に信頼して運転することによつて、自動車交通の安全と円滑が保持されることが法の予定するところというべきである。

すると、前記認定の道路状況等の事実によれば、高松の進行した本件道路は本件交差道路に対し明らかに優先道路(道交法三六条二項)の関係にあり(原告らと被告日動火災との間にはこの点につき争いがなく、また被告エイアイユーも明らかに争わないものである。)、また、本件交差道路は公安委員会から一方通行路の指定を受けており、テーラーの採つた走路方向への進行は禁じられていたものであるところ、高松は、テーラーが自己に課せられた注意義務を尽くして運転することへの信頼の下に(なお、高松は自己の注意義務を認識し、これを履行すればよく、相手方が負う注意義務の内容をすべて具体的に認識して走行すべき義務はないというべきである。)、自らは指定速度遵守義務(同法二二条一項)、本件交差点内全体にわたる前方注視等の安全運転義務(同法三六条四項、七〇条等)、前照燈の点燈義務(同法五二条)を尽くして運転に当たるのが交通法規範の要求するところというべきであり、右以上に、テーラー車のような無謀な侵入車両のあることまで予測すべき義務のないことはいうまでもなく、既にテーラー車が交差点に侵入している等高松において本件事故発生の具体的危険を認識し又は認識し得る特段の事情のない限り、見通しの悪い交差点に侵入するからといつて当然に徐行義務を負うものではない(同法四二条一号)。

(二)  そこで、高松の右注意義務履行の有無であるが、既に明らかなとおり真は死亡し、高松も強度の意識障害に陥つているため、本件事故直前における同人の運転態様の詳細を直接知る証拠はないものの、前記認定事実によれば、少なくとも、同人は前照燈を点燈し、指定制限速度に従つた時速約三〇ないし四〇キロメートル前後で本件交差点に侵入したこと、また、高松は衝突直前までテーラー車が侵入してくることを予期しておらず、したがつて急制動措置を採る間もなく同車両と衝突したものであることが推認される。

ところで、右の点については、被告エイアイユーに異論があるので、以下に検討しておく。

(1) まず、被告エイアイユーは、前照燈の点につき高松車はこれをつけていなかつた旨反論し、前掲丙一号証の二六中に右主張に沿うかのごときテーラーの供述部分があるが、右書証中の同人の供述を子細に検討してみると、その記憶はあいまいであり、同人が高松車の点燈の有無を確認しているものとは認め難い上、前記認定事実によれば、衝突直後高松車の前照燈はガラスが割れてフイラメントが燃焼状態にあつたというのであり、このことは点燈中の前照燈はガラスが破損し外気中の酸素に触れるとフイラメントの燃焼をきたすという公知の現象が生じたことを示しているものと推定するのが相当であるから、衝突前に高松車が前照燈を点燈していたことは明らかというべきである。

(2) また、速度の点について、被告エイアイユーはこれを時速五五キロメートルくらいであつた旨反論し、原本の存在と成立に争いのない丙一号証の一七中にこれに沿う高山稔(以下「高山」という。)の供述(以下「高山供述」という。)があるが、同号証によれば右は本件事故発生前本件道路沿いの歩道上を通行していた高山が偶々傍らを通過した高松車の速度を時速五五キロメートルくらいに感じたというものであるところ、そもそも自動車運転経験者であつても偶々自己の傍らを瞬時に通過して行つた車両の速度について後に記憶をたどつて通過時の感覚を正しく再現するなどは到底期待できないことであり、更に、同人は発生直後の本件事故現場の生々しい情況を目撃し、多分にその影響を受けて前記供述を行つていることがうかがわれるのであつて(同人は目撃していないテーラー車の速度についてまで言及し、車両の損壊状態などから時速約六〇キロメートル程度と述べている。)、高松車の速度に関する高山供述はにわかに措信し難いものである。

なお、付言すれば、仮に高山の傍らを通過する時点の高松車の速度を前記認定の三〇ないし四〇キロメートルを多少上回るものであつたとしても、右は本件交差点侵入時の速度ではなく、高松車が高山の傍らを通過後に減速措置を講じ、前記認定速度程度で進入したことも十分考えられるのであるから(ブレーキ音がなかつたからといつて減速措置を採つていないと速断できないことは明らかである。)、かかる観点からしても高山供述は高松車の速度に関する前記認定の妨げとなるものではない。

ひるがえつて、前記認定の速度は、警察研究所が高松車、テーラー車それぞれの衝突の部位、程度、両車両の重量、衝突後の双方の進路方向、路面のタイヤ痕跡等に基づき、科学的手法を用いて分析検討した結果であり、相応の客観性、合理性が認められるというべきである。

ちなみに、前記認定のとおり、テーラー車の衝突時の速度について同研究所は高松車に対するのと同様の分析、検討に基づき時速四五ないし五〇キロメートル程度と推定しているところ、この点につきテーラーは時速二五キロメートル程度であつた旨述べている(前掲丙一号証の二四)が、右は客観的裏付けを欠き措信し難く、同研究所の前記推定に原本の存在と成立に争いのない丙一号証の一六を合わせて考察すると、同車両の本件交差点侵入時ないし衝突時の速度は時速四五ないし五〇キロメートル前後と推定するのが相当というべきである。

右の次第であるから、高松が前記認定の態様、速度で本件交差点に侵入したことには、特に非難されるべき点はないというべきである。

(三)  以上に認定の限り、高松には本件事故につき過失は認め難い。そこで、進んで高松に本件交差点侵入前に徐行やあるいは本件事故回避のために停止を義務づけるなどの特段の具体的事情があつたか否かについて検討を加えておく。

まず、前記認定事実によれば、本件事故は出合い頭の衝突事故であるが、子細に検討してみると、侵入速度(衝突時の速度と同視して差し支えない。)はテーラー車が高松車を上回つているのに衝突地点から推定すると、両車両の進入の先後関係につき高松車がやや先に進入して交差点の半ばまで達したところにテーラー車が進入とほぼ同時に衝突したことがうかがわれるのであつて、同車両が先に交差点に侵入し、ないしは現に侵入にかかつていたというような事情は認め難い。

また、高松がテーラー車の前照燈の明り(これが点燈されていたことは前記認定事実から明らかである。)によつて同車両の本件交差点侵入を予見し得たか否かの点を検討するに、仮に同人が本件交差道路左方路から差し込む車両の前照燈の明りを認め得たとしても、同人は、前記説示のとおり、右車両が本件交差道路の指定条件(一方通行路)、本件交差点の道路状況、各交差道路の優先関係等に従い適切な運転操作を行うことを信頼して走行することが許されているのであつて、テーラー車のようにこれら交通法規範を無視していきなり侵入してくる車両のあることとを予測すべき義務はないというべきであるから、前照燈の明りの認識ないし認識可能性をもつて直ちにこれを高松に徐行あるいは停止を義務づける特段の事情とすることはできないものというべきである。

のみならず、前記認定の高松車、テーラー車の本件交差点侵入時の速度、進入の先後関係等を踏まえてみると、仮に高松が本件交差点進入前にテーラー車の前照燈の明りを発見し得たとしても、右は交差点進入直前であり、右時点ではもはやテーラー車との衝突を回避できる可能性はなかつたことが推定されるというべきであるから、かかる点からしても右前照燈の点は高松の過失に結びつく特段の事情とはいい難いものである。

右のとおり、本件事故に関しては、高松に対し本件交差点侵入に際して徐行あるいは停止を義務づけるような特段の事情は認められず、また右措置による本件事故回避可能性も認められないというべきである。

(四)  以上に認定、判断したとおりであるから、高松には本件事故発生につき過失を問うべき落度を認めることはできないといわなければならない。

3  これに対し、テーラーは、前記認定事実によれば、同人の走行した本件交差道路が一方通行路の指定を受け、同人の採つた進路方向への走行が禁止されているのであるから、直進、右左折のいかんを問わずそもそも本件交差点に侵入すること自体許されなかつたのである。にもかかわらず、敢えて右折進入を図る以上は、自車道路が優先道路と交差していることが明白である上、右方の見通しが極めて悪いのであるから、万が一にも本件道路の走行車両の走行の安全及び円滑を侵害ないし妨害することのないよう一時停止、右方の安全確認、徐行侵入等適宜の安全運転を行つて本件のごとき事故の発生を防止すべき厳重な注意義務を負つていたものといわなければならない(道交法三六条二ないし四項、四二条、七〇条等)。

ところが、同人はこれらの注意義務にことごとく違背し、いきなり本件交差点に飛び出して本件事故に至つたものであつて、本件事故は専ら同人の重大な過失により惹起されたものというべきである。

また、高松車に構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたことは当事者間に明らかに争いがないところである。

4  以上のとおりであるから、被告日動火災の高松の保有者責任に関する免責の主張は理由があり、その余について判断するまでもなく、原告らの同被告に対する本件損害賠償請求は失当といわざるを得ない。

四  被告エイアイユーが本件事故につきテーラーが負担すべき損害賠償額を支払うべき責任を有することは前記認定のとおりであるから、進んで原告らの損害について判断する。

1  真の損害と原告らの相続

(一)  治療費 一万四七二〇円

真が本件事故により治療費相当の一万四七二〇円の損害を被つたことは原告らと被告エイアイユーとの間に争いがない。

(二)  逸失利益 二二五二万七七四五円〔更正決定二四五二万七七四五円〕

弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲四号証の一ないし三、原本の存在と成立に争いのない丙一号証の一九によれば、真は死亡当時満一八歳の健康な男子であり、中学校卒業後工務店勤務を経て、本件事故当時は厚木市内の前田土建工業で土木作業員として稼働し、これにより死亡前の二か月余りの期間二〇万円(昭和五八年二月分)、二一万八五〇〇円(同年三月分)及び三万三〇〇〇円(同年四月分。ただし、本件事故による死亡のため四日間分)の給与収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告らは、真の逸失利益算定の基礎収入として月収二二万五〇〇〇円を主張し、右は前記認定の同人の死亡直前二か月余の収入に基づくものと推認されるところ、右はわずかな期間の限定された資料であり、一八歳の男子の将来にわたる収入予測の基礎とするには期間の点でいささか妥当性を欠くきらいがないとはいえない。しかしながら、前記認定事実に照らすと、真は本件事故に遭遇しなければ建設関係の仕事を中心に六七歳までは稼働可能であつたと推認されるところ、そうであればその間中学卒男子の平均的な収入は得られたであろうと推定するのが相当であり、すると原告ら主張の月収二二万五〇〇〇円は、昭和五八年度賃金センサス中学卒男子の建設業又は産業計いずれの平均的収入額と比較しても、生涯収入額を予測するに当たつての基礎収入額として不当なものとは到底いえないから、原告らの右主張額をもつて真の逸失利益を算定することとする。そして、生活費控除率を五〇パーセントとし、中間利息控除につきライプニツツ方式(四九年ライプニツツ係数)を採用して算定すると、真の逸失利益は次の算定のとおり二二五二万七七四五円〔更正決定二四五二万七七四五円〕(一円未満切り捨て)となる。

(22万5,000円×12月)×(1-0.5)×18.1687=2,452万7,745円

(三)  原告らの相続 各一一二七万一二三二円〔更正決定一二二七万一二三二円〕

原告らが真の両親であり、右(一)、(二)の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続により取得したことは原告らと被告エイアイユーとの間に争いがない。したがつて、原告らが右に取得した損害賠償請求額は各一一二七万一二三二円〔更正決定一二二七万一二三二円〕(一円未満切捨て)となる。

2  原告ら固有の損害

(一)  葬儀費用 各四〇万円

弁論の全趣旨及びこれにより成立の真正を認める甲五号証、六号証の一、二によれば、原告らは真の葬儀関係費用として少なくとも八〇万円以上の支出を余儀なくされ、これを各二分の一づつ(四〇万円)負担したことが推認され、この認定に反する証拠はないところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害である。

(二)  慰籍料 各六五〇円

前記認定のとおり、本件事故はテーラーの重大かつ悪質な過失によるものであり、これにより一八歳の一人息子の生命を奪われた原告らの精神的苦痛を慰藉するには原告ら各自につき六五〇万円をもつてするのが相当である。

3  損害の填補

原告らが被告らの加入している自賠責保険から各一二二九万四一六〇円の保険金の支払いを受け、これを前記1、2の損害合計額一八一七万一二三二円〔更正決定一九一七万一二三二円〕にそれぞれ充当したことは原告らと被告エイアイユーとの間に争いがないところ、右によれば、結局原告らが本件事故によりなお被つている損害は各自五八七万七〇七二円〔更正決定六八七万七〇七二円〕となる。

4  弁護士費用

原告らが本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人両名に依頼し、報酬の支払いを約束したことは原告らと被告エイアイユーとの間に争いがないところ、本件事故と相当因果関係のある右弁護士費用相当損害額は、原告ら各自につき前記認定額のほぼ一割である五八万円〔更正決定六八万円〕と認めるのが相当である。

5  右のとおり、原告ら各自の本件事故による損害総額はそれぞれ六四五万七〇七二円〔更正決定七五五万七〇七二円〕となる。

すると、被告エイアイユーに対し、本件事故当時の自賠責保険金限度額二〇〇〇万円から前記支払額一二二九万四一六〇円を控除した残額七七〇万五八四〇円の限度で、その二分の一づつである三八五万二九二〇円の支払を求める原告ら各自の請求はいずれも理由があるというべきである。

五  以上のとおり、原告らの被告エイアイユーに対する請求は理由があるからいずれも認容することとし、被告日動火災に対する請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例